歴史のお話をつらつらと(桶狭間の戦い

雪すごかったですねぇ

大丈夫でしたでしょうか?
といってもどうにもできないんですけどね

さて 今回は信長の野望のはじまりの戦闘

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桶狭間の戦いをお送りしたいとも思います

永禄3年5月19日(1560年6月12日)に行われたらしいよ

年数とかぶっちゃけ特に覚えたりしてないので(苦笑

今川義元vs織田信長 の戦いになります

これを制して信長が一躍 天下に名を轟かすという感じになったのでは
とお思いでしょうがそこまでの影響あったかどうかはなんともと…

信長が天下に近い(すげえやん)と誰もが思ったのは
やはり将軍手元において上洛したあたりからだと思うので
この戦闘は 義元倒すやつがいるってぇー ほぉぅ  ぐらいだと(苦笑

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古戦場ぅぅ はっきりいって なんもないところですね

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銅像はあるぞう

で まず 桶狭間の戦いの現場なんですが

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ふたつあります(ナンダッテェー

基本はこちら奇襲コース(迂回コース)の説が多かったんですが
今ではそのままぶち当たるコース(直線コース)もと

基本コースは雨にまぎれて順路迂回 そして奇襲して本陣襲う

一般的にしられてるやつですね

ぶち当たるコースはその名の通りそのまま正面からぶちあたって
本陣まで到達して襲う

そんな感じですかね

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まぁ 前の話でもいいましたが
勝因はときかれれば義元側の油断といえると思います

前哨戦で信長側の武将たちが犠牲になっております
これも簡単に蹴散らせれるわという義元側の油断に繋がっていったのでないかと
やられたほうも後なくなるし必死になるよねと

あと これが決定的になるのかどうかはなんといえないのですが

お食事中の皆様には申し訳ないのですが
この当時って首って立派な戦功の証になるんですよね

だからね 有名どころの人の首ってね大事なんよね

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こんな風に携帯ストラップばりのアクセントに…

だから最近の信長の創造の桶狭間イベでも

「首はすておけぃ 敵将を倒すことだけを考えろ」

みたいな台詞はいってた覚えがあるんですよね
さらっといってますが 結構重要なんだよねと

首すてたらうちの軍功はどうなるんじゃーと
そこで軍監 目付といったね 戦功を記録する人とか
お前はあの有名なやつを一騎打ちでちゃんと倒したんだよ 
この戦おわったらちゃんと私が証明してやるぅぅとか  

そんな制度をつくったらしいんだよね

だから首掻っ切ってる時間とか余計な時間に気をとられなくなったので
その分 気兼ねなく(イイノカソレデw)働けるようになったから
戦果もあっぷぅぅぅ的な?

あとね 馬にのって刀振り回してる人っているじゃないですか
馬にのったら槍だと思うんですが…もってないんか そうだったらしょうがないw

刀でチャンバラって
新撰組とか時代劇の影響とかが強いんじゃないかなと思うんですが
この時代は槍主流だと思うんですがどうなんでしょうかね

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初戦勝ちまくったし 信長も大したことないわ フォフォフォッフォ

で これなら余裕だぉ 飯くって休憩じゃぁぁぁ

といってる所に攻められ前線は頑張ってたらしいのですが
本陣周りはみんなこんな調子なので前線が崩壊して
せめたら楽々いけたじゃんみたいなw

休憩とか飯くっとるところに攻められたらそら逃げるわと

あとは信長が先頭きって攻めてるのも士気の違いがでてたのかなと
軍神上杉謙信も先頭きって攻めてるシーン多いですしね
やはりボスが真っ先に攻めていくとついてくほうとしても士気あがりますよねと


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こんな人に攻められたら真っ先に逃げますともえぇ 
ひとりで 198人も討ってるよ コワイワw

よく数も圧倒的に思われてますが
大名でも直属になると結構少な目になるので
まともに戦うってのはどれぐらいいたのやらと
今回も気合いいれて全力で討伐してやるぜーってわけでもなかったでしょうし
なので頭取られるとあっけなく崩壊するパターンって多いですよね
信長軍の情報網がすごかったんでしょうかねぇ

ちなみにドラマとかだとこの後すぐ 
松平元康(徳川家康)と同盟結んだみたいになってますが
少しの間 織田と松平って戦ってるんよね
なので すぐ同盟したわけでもないんよーと
たぶん信長のほうから持ち掛けたのではないかと
信長は天下みてますからね 
京都のほうに攻め入りたいでしょうし

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天下布武 であるか ですし

天下を布武する 

いわゆる 武器を持って戦う事をやめようってことでぇすねぃ
布武って意味は節度を保った歩き方で歩いていくらしいです

ようは天下を下のような
七徳の武でもって節度ある世の中にしようってことですね

天下布武
それは、七徳の武のことで

暴を禁ず(乱暴を禁止する)
兵をおさめる(戦争をしない)
大を保つ(国を保つ政権を保つ)
功を定める(功績を成し遂げる)
民を安んる(人々を安心させる)
衆を和し(みんな仲良くする)
財を豊かにする(公益をはかる)

だそうです

これも元ネタ?があり
「堂下布武」ってのがあるらしいのですが

信長が「堂下」を「天下」に変えた意味は

「天皇や、神仏等の既成の権威に捕らわれず、天意に沿ってわが道を普通に歩く」

と云う意思表示であるらしいですよ だんな

武力だけでおらおらやるわけではないんですよ

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あと日本の戦術ってかかれーしかないような気もと
わざと負けてひきつけてそこで背面か背後から攻めるといったような戦術って
あんまりみないですよね

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大名ってのも部下達の連合帯の当主みたいな感じですし
めっさ権限あるわけでもないんですよね
みんな部下から担ぎあげられて当主になるパターンも多いですし

お前らのせいで今回負けたんだ!
思い通りに動いてたらこの戦 勝てたんだ!

とかいったら恨みもちそうだし
戦術って軍全体が理解して実行しないと始まりませんしね

下手すると他の誰かつれてきて反旗ひるがえしたり

…結構大変ですな この時代もと


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信長ぐらいの畏怖
秀吉のような人たらし
家康のような辛抱しながら地味に追い詰めていく

とか そんな技能ないとだめなんかねぇと
武士というか武将たちってへんなプライドあるからねぇ
公家たちもそうですが…


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皇帝みたいに圧倒的な
権限があればこんなに苦労はしなかっただろうねぇと思いつつ
まぁ どのみち権力争いからは逃れれないから一緒かとも思いつつ

桶狭間で信長が勝利したのって
今ではそんなに意外に思われてないのかなと

いろいろ想像しながら今回はお開きとなりますー


信長の野望も創造だよ今w

結構長くなりましたが

最後までご覧いただきありがとうござしました であるか

であるかも定番になってしまった感が さすが光栄なの であるかw

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